【no.282】「国民の1%がAIの訓練を受ける」フィンランドの壮大な実験が目指す「ニッチな目標」とは?

 

フィンランドでは、政府・大学・民間企業が一丸となって人々に無料で「国民にAI教育を行う」という計画に取り組んでいます。この計画の目標は「AIの専門家や技術者を生み出す」ことではなく、AI教育を受ける人々はプログラミングや機械学習の知識を持たないとのこと。アメリカや中国のAI開発競争に入るのではない、フィンランドのAI教育は独自路線をいく非常にユニークなものとなっています。

Finland’s grand AI experiment – POLITICO
https://www.politico.eu/article/finland-one-percent-ai-artificial-intelligence-courses-learning-training/


フィンランドの「1パーセントAI計画」は、国民の1%、つまり5万5000人に対して無料のAI教育を行うことからスタートし、その後数年かけて教育を施す人の数をどんどん増やしていこうというもの。この計画の興味深いところは、無料で提供されるAI教育はAI技術者や専門家を育てることを目的としているわけではなく、「機械学習」「ニューラルネットワーク」といった言葉すら知らなかった一般の人々に対して「AIの高度な応用」について教えることが目的です。

AI開発競争はアメリカと中国の間で激しさを増しています。フィンランドの1パーセントAI計画は、アメリカや中国と競うことを意図するものではなく、もっとニッチな狙いであるとのこと。フィンランドのMika Lintilä経済大臣が「私たちは人工知能分野のリーダーとなるだけのお金がありません。しかし、人工知能を使うことについてであれば話は別です」と語るように、フィンランドの目的は「AIの実用的な応用」でリーダーに立つことにあります。

たとえば、1パーセントAI計画に参加している59歳の歯科医であるJaana Partanenさんは、数年前までAIについて全く知識を持ちませんでした。Partanenさんは2019年時点で、毎夜にコーディングの基礎について学んでおり、今後自分の仕事でAIを活用してくことを考えています。

1パーセントAI計画はもともと、ヘルシンキ大学のコンピューター科学部とスタートアップのReaktorが提供していた「Elements of AI」というオンラインコースの1つでした。ヘルシンキ大学のコンピューター科学者のTeemu Roos氏によると、無料コースはもともと「民主主義を支援する」ために2018年5月に開始したものとのこと。

A free online introduction to artificial intelligence for non-experts
https://www.elementsofai.com/


コースは最先端をいく開発者を対象とするものではなく、コーディングの技術がない人でもAIについて学べるというもの。コンピューター科学に縁がなかった人に対し、AIによって生まれる可能性、あるいはリスクについて教えることで、一般の人々でも政府の投資先や自分にメリットのある選択が何かという判断を行えるようになることを目標にしていました。「一般人向けのコースを作り出すには助けがいる」と判断したRoos氏はReaktorと協力し、プログラミングを排除したオンラインコース「Introduction to AI」を作成したとのこと。

Roos氏やReaktorは「せっかくコースを作成しても認知されなければ無意味だ」と考え、フィンランドの大企業の雇用者にコースへの参加を求めるプロモーションを行いました。「2018年末までにフィンランド国民の1パーセントがAI教育される」と発表されたのも、この時です。

2018年12月半ばまでに250社がこの「AIチャレンジ」への参加を発表しており、携帯電話キャリアであるElisaやNokiaは全社員に対して、製紙業者のStora Ensoは社員のうち1000人にコースを受けさせると述べています。この結果、目標までは及ばなかったものの、1万500人以上がコースに参加しており、そのうち6300人以上がフィンランド国民となっています。

AIチャレンジが活発になると政府も注目し、外務省や税務当局の職員もコースを受けることになりました。2018年9月に行われたコース初の卒業セレモニーにはサウリ・ニーニスト首相も姿を現したといいます。当初は英語版のみだったコースですが、2018年11月には政府の希望からフィンランド語版も登場しており、これによってコースの普及が加速するとみられるとのこと。

by Hietaparta

フィンランドは2017年にEUで初めてAI国家戦略を文書化し、2018年6月に公開された第二弾のレポートには、最終的に人口のうち100万人が自分のAIスキルをアップデートする必要に迫られるという予測が述べられました。フィンランド政府はエストニアとスウェーデンと協力してAI実験で秀でた「研究所」を作ることのほか、EUに対しいくつかの規制緩和を求めるロビー活動も行っていく予定とのことです。