「『など』をむやみに使うな、こうだとはっきり書け」。1985年に記者として仕事を始めた当初、先輩から何度か注意された。
例えば「来年60歳になる谷島はBABYMETALなどを好んで聴いている」と書くのはよろしくない。「など」を削るか、「BABYMETALや相川七瀬や黒木渚を好んで聴いている。ももいろクローバーZの最新アルバムも買った」と書いたほうがよい。
2019年5月18日付の日本経済新聞に載った「AI人材教育 国が認定」という見出しの記事では「AIなど」が7回繰り返されていた。
記事を読むと「AIやロボットなどの技術革新」あるいは「AIや数理、データサイエンスの分野」「AIやデータ分析」と書かれている。つまり「AIなど」の「など」にはロボット、数理、データサイエンス、データ分析が入り、さらにそれらを使ったイノベーションも含む。
AIは人工知能のことだからロボットは親戚と言える。データサイエンスやデータ分析はAIとは違う話のような気がするが遠縁としておく。昨今のAIの主役は機械学習であり、AIに既存のデータを大量に読ませ、勉強させ、新しいデータに対して判断させることになる。
以上のような「AIなど」の担い手が足りない。そこで政府の教育再生実行会議が「AIなど先端技術分野の人材育成の強化策を盛り込んだ第11次提言をまとめ、安倍晋三首相に提出した」。これが日経新聞の5月18日付記事の内容であった。
「AIなど」にすれば何でもあり
「AIなど」を繰り返さざるを得なかったのはAIの定義が曖昧だからである。2019年4月12日付本欄で紹介した通り、内閣府の統合イノベーション戦略推進会議が公表した「『AI戦略 2019』(有識者提案)」には「何を以て『AI』または『AI技術』と判断するかに関して一定のコンセンサスはあるものの、それをことさらに厳密に定義することには現時点では適切であるとは思われない」と書かれている。
AIの親戚や遠縁までAIに含めると何でもありになってしまい「厳密に定義すること」は難しい。
4月12日付本欄記事で書き忘れたが、AIの定義をしない理由の一つは、機械学習を巡る見解の相違からくる無用の対立を避けたいからではないか。長年AIを研究してきた学者の中には機械学習を認めない人たちがおられる。「AI戦略 2019」の起草者は恐らくそうした先達(せんだつ)に配慮し、次のように書いた。
「近年では、機械学習、特に深層学習などに基づくものが中心的であるが、AI関連の技術開発は急速に進展しており、特定の技術に限定する必要性も低い」
もう一つ別の理由も考えられる。AIをしっかり定義するとそれに関わる専門人材が特定でき、統合イノベーション戦略推進会議が提言を打ち出す対象が狭くなる。
一方、2019年4月23日に経済産業省が発表した「IT人材需給に関する調査」という報告書には「IT人材」とは別に「AI人材」の需給見通しが出ていた。報告書にあるAI人材の定義は次の通りである。
AI研究者(AIサイエンティスト):AIを実現する数理モデルを研究する
AI開発者(AIエンジニア):モデルやその背景となる技術的な概念を理解した上でモデルをシステムとして実装する、あるいは既存のAIライブラリを活用してAI機能を搭載したシステムを開発する
AI事業企画(AIプランナー):モデルやその背景となる技術的な概念を理解した上で、あるいはAIの特徴や課題を理解した上で、AIを活用した製品・サービスを企画し、市場に売り出す
「AIを実現する数理モデル」の範囲を広げていくと、やはり何でもありになってしまいかねないが「AIなど」を担う人材に比べれば仕事の内容が分かる定義と言える。
紹介した3種類の「AI人材」が増えること自体は結構だが、教育再生やイノベーション戦略という壮大な言葉を冠する話ではない。
「IT人材需給に関する調査」によると、これらの「AI人材」は2018年に3.4万人不足しており、2030年に需給ギャップは最大で14.5万人になる。この見通しはAI需要の伸びが16.1%、生産性上昇率が0.0%とした場合である。
生産性上昇率を0.7%とすると12.4万人の不足になる。AI需要の伸びを10.3%、生産性上昇率を0.0%とすると2.4万人、生産性上昇率を0.7%とすると1.2万人がそれぞれ不足する。
以上のAI人材の需給見通しと従来型IT人材が2030年に10万人余るという見通しの両方が「IT人材需給に関する調査」に掲載されていた。
IT人材はいわゆるITベンダーとユーザー企業の情報システム部門にいる人材を指す。AI人材となるとITベンダー、情報システム部門に加えて事業部門やマーケティング部門、研究開発部門に所属する人材も含む。ややこしいので5月9日付本欄記事にはIT人材の需給見通しだけを紹介した。