【no.568】AI(人工知能)を悪者にしているのは誰なのか? 人間を支配する真の敵とは

AI(人工知能)を悪者にしているのは誰なのか? 人間を支配する真の敵とは

最前線のAI開発研究者や起業家ら51人にインタビューしたノンフィクション『動物と機械から離れて AIが変える世界と人間の未来』を経済思想家の斎藤幸平さんが読み解く。

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人工知能(AI)の発展を中心とする第四次産業革命の可能性について、耳にしない日はない。だが、この急速な技術発展は、本当に人間を「自由」にし、さらには「幸福」にしてくれるだろうか? これが本書の核心的な問いである。

菅付の整理によれば、世間には対立した見方があるという。一方では、あらゆる情報が監視され、人間はAIに仕事を奪われ隷属することになるというディストピア論がある。そして、他方では、人間がAIによって様々な重荷から解放され、自由・幸福になるというユートピア論がある。

どちらの見解が正しいかを突き止めるために、菅付は、様々な専門家にインタビューをし、豊富な具体例をもとに、テック業界の現場の最前線をレポートしてくれる。そして、「AIは人間のように思考することができるのか?」、「AIは意識を持つか?」、「AIは人間を労働から解放するか?」など、AIについて考えようとすると必ず思い浮かぶ重要な問いについて考えるヒントを数多く与えてくれる。

興味深いのが、菅付が取材を進めるにつれて、徐々に楽観的なシンギュラリティの到来予測そのものへの懐疑を強めていくように思われることだ。というのも、調査から浮かび上がってくるのは、多くの研究者や専門家たちが、シンギュラリティのような世界がすぐに実現する可能性はかなり低いと見積もっている現状だからである。

この事実から奇妙な構図が浮かび上がってくる。フランスの哲学者ジャン=ガブリエル・ガナシアを引用しながら、菅付が述べているように、シリコンバレーの人々は、一方では、AI発展の限界を暗に認めながらも、同時に、「人間の終わり」をもたらすようなAIの危険性を熱心に警告しているのである。つまり、「私たちの心はすべてAIに読まれている」、「私たちの判断は実はすべてグーグルやフェイスブックが生み出しているフェイクに支配されている」と警告しているのだ。あたかも私たちには自由意志もなく、すべては幻想だと言わんばかりに。

この矛盾を考察するためには、さらに踏み込んで、私たちはこう問わねばならない。テック業界の人々は、近い将来のAI技術発展の限界を知っているにもかかわらず、なぜ誇張された危険性を積極的に広めているのだろうか、と。

それは単に話題を生み出すことで、世間的な注目を浴び、政府の助成金やクラウド・ファンディングによる資金を獲得するためだけではないだろう。また、万が一の危険性を親切心から喚起してくれているわけでもない。むしろ、真の狙いは、私たちの自由意志は存在せず、真実を知ることはできない、と人々を疑心暗鬼にさせることにあるのではないか。