EdTech(エドテック)とは何か、教育現場が求めるIoT・AIの活用法
文部科学省で約10年ごとに改訂を行う「学習指導要領」。次の改訂は2020年。
そこでは、「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニングの視点からの授業改善)」(文部科学省資料:新しい学習指導要領の考え方)が基本方針となっている。
「アクティブ・ラーニング」を基本とする教育では、教師が教室で講義をするだけではなく、個々の生徒のレベルや個性にあった教育を、学習から習得までのPDCAサイクルを基本として進めていくことが想定される。
そのような新しい教育を実現する手段として、ITや人工知能(AI)を中心としたテクノロジーの活用が期待され、海外で誕生したEdTech(エドテック:Education×Technology)という言葉が日本でも注目されているのだ。
そこで、ひとことで「テクノロジー」と言っても、教師にとって使いやすく、かつ生徒にアクティブな学びをもたらす両面のニーズを満たすソリューションが求められる。実際に、今回のEDIXでもそのような展示が見られた。
NTTグループのブース内で、初中等むけの「学校の働き方改革」をテーマにした展示。NTTグループは、AI技術「corevo(コレボ)」を活用したソリューションから、教育コンテンツ制作支援まで、幅広い製品やサービスを提案していた。
そもそも、教師は忙しいと言われる。生徒一人一人の学習状況や進路の把握、書類やテスト問題の作成、採点、保護者への対応、部活の顧問…など業務の内容は多い。新しい教育への対応を可能にするためにも、現行の業務を効率化する「働き方改革」の取り組みが求められている。
ITを活用して教育現場の「働き方改革」を支援するソリューションは、数多く展示されていた。その内容は、事務作業を効率化するITシステムから採点やテストの問題作成を代替するサービスまで、多岐にわたる。
1914年に創業し、印刷業における「100年の経験」と「最新のデジタル技術」を強みに、新しい教育用コンテンツを提供する株式会社加藤文明社では、板書の時間を削減するソリューション「TANZAKU」を紹介。
教師がチョークを使って黒板に板書する時間が、生徒にとって無駄な時間になってしまう場合がある。「TANZAKU」では、システムに登録済みの紙の教材に表示されたQRコードを読み込めば、その設問をプロジェクターに投影し、教師はすぐに授業に活用できるという。
このような教師の授業を効率化する「デジタル教材」の取り組みは他のブースでも多く見られた。
また、加藤文明社は花園学園中学高等学校と連携し、米国のzSpace社が開発したVRディスプレイ「zSpace」を活用した教材用コンテンツも制作、販売している。
本来、3次元であるはずの立体図形や天体の動きなどを、これまでは2次元の紙面上で理解しなければならなかった。しかし、「zSpace」では、VRグラス越しに3次元の立体が浮かび上がり、また特殊なペンを使うことで物体をつかむ、離す、回すということができる。
さらに特徴は、そのVR体験をディスプレイを通して、教師や他の生徒も共有できることだ。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)だと、それは難しい。
また、HMDによるVR体験は没入感が特徴だが、教育向けに図形などを理解する用途ではそこまで必要とされない。むしろ、生徒が没入しすぎたり、「VR酔い」になったりすることを避ける工夫が必要だという。
プログラミングを通して、”もののしくみ”を理解する
2020年から始まる「新学習指導要領」では、プログラミング学習が新たに必修科目となる。そこで、同展示会でも、プログラミングの教材や支援サービスを提案する企業が多く見られた。
アーテック(ArTec・トップ写真)は、生徒自らがカラーブロックで形を組み立て、プログラミングソフトで制御する「ロボットプログラミング教材」を提供。2年間で2万人を超える生徒が学習に用い、その満足率は100%だという。小・中・高の各学年にあわせた、40分授業・45分授業など学校での使用を想定した教材になっており、授業時間内で組み立てができるという。
同社のブースでは、学研がアーテックのロボットプログラミングの学習基盤をもとにつくった「もののしくみ研究室」を提案。プログラミング言語を学ぶことより、身近にあるさまざまな機器などの「もののしくみ」を学ぶことに重点が置かれた講座だという。
「EdTech」というと、プログラミングに代表されるような、新たなテクノロジーに対応する学習に主眼が置かれた教育と思っている人もいるかもしれない。
しかし、「テクノロジーを活用して、アクティブなラーニングを推進すること」と「テクノロジーそのものを学ぶこと」は別だ。これらをいっしょくたに理解していては、議論の混乱をまねく。
アーテックと学研が提供するプログラミング講座は、これまで学習の対象となることの少なかったテクノロジーのしくみを、自ら手を動かしながらアクティブに進められるため、とても意義のある取り組みだと感じた。
教育向けのAIは、音声認識で活躍
「AI」というワードも方々で見られた。その用途として多かったのが、AIの音声認識を活用した英語学習だ。
語学教育では、「Listening」「Speaking」「Reading」「Writing」の4技能が求められている。しかし、学校の授業ではSpeakingやWritingなどを生徒が能動的に学習する機会が少ないことが問題となっていた。
その原因の一つは、学校の教室では先生一人に対して生徒数十人であるため、必然的に生徒一人一人がトレーニングを積む機会が少なかったことがある。
そこで、生徒のSpeakingやWritingを評価し、アドバイスする「先生の代わり」として、AIが期待されているのだ。
株式会社デジタル・ナレッジでは、AIを活用した4技能のトレーニング教材を提案。たとえば、生徒の回答に対して、「意味・文法」の2つの評価軸でAIが適切さを判断し、次のトレーニングなどをうながすこともできるという。
なお、音声認識AIロボットを活用した中等教育での実証事例については、別途紹介する。
教育現場で求められるデジタル活用とは? ―教育ITソリューションEXPO(EDIX)
「Josyu」のインターフェースを、一般のホワイトボードの上に投影している。「徳川家康」というワードに対し、「豊臣秀吉」などの関連ワードをAIが予測する。ブース担当者が右手に持っている白いペンで、画面を操作する。
英語教育ではないが、AIを活用した興味深いソリューションを紹介する。それは、株式会社サカワが提供する授業AIアシスタント「Josyu(ジョシュ)」だ。今回の展示からα版をリリース。共同で製品化を進めるモデル校を募集する。
「Josyu」は、授業中に教師が発した言葉を音声認識し、「今求められている重要な関連単語」をクラウドAIが判断し、表示する。たとえば、「徳川家康」からは「豊臣秀吉」などの関連するワードを予測。単語や画像は、インターネットから抽出する。
それらの関連ワードを辿っていけば、わざわざ教師自らが板書しなくても、授業を進めることができるのだ。
「Josyu」と一般のホワイトボードを連動させる機器。左のある黒い長方形は、リモコン用のセンサー。右上は画面を投影するプロジェクター。その下にある丸い銀色の部分が、ペンの動きをトラッキングするセンサー。
「Josyu」は、もともと学校にある一般の黒板やホワイドボードなどにプロジェクターで投影して活用できる。
特殊なペンを黒板などの表面に軽くおしつけることで、タブレットを操作するかのように、単語を選んだり画面を切り替えたりすることが可能。壁におしつけた時にペン先から出る光を、プロジェクターに搭載されたセンサーでトラッキングするしくみだ。
学校のネットワークはWi-Fiか、セルラーか
教育現場で求められるデジタル活用とは? ―教育ITソリューションEXPO(EDIX)
NTTグループのブース内にあるNTTドコモの展示。「セルラーで授業が変わる」をテーマに、さまざまなサービスを提案。
すでに教育現場では、タブレットを用いた教育が進められている。ここで問題となるのは、通信だ。ある程度大きな学校であれば、数百人の生徒がインターネットとつながったタブレットなどのデバイスを使うことになる。
ここで、Wi-Fiを使うか、セルラーを使うかが、学校側としては問題となる。NTTドコモのブース担当者は、「主流はWi-Fiであり、当社も提供している。一方、工事に3か月もかかる、つながりにくいなどのデメリットもある」と指摘。セルラーだと工事は不要で、物理的なつながりやすさも保証される。
NTTドコモでは、セルラーを活用した、学校の外でもつながる学習環境の提供を進めている。どちらを利用するべきか、コストや学校の外でつながることで可能なサービスも考慮して判断する必要があるだろう。小規模の学校で、セルラーの方がトータルのコストメリットがあるため、導入を決めた事例もあるという。
デジタルを活用した、教育の「全体最適」は可能なのか?
第9回教育ITソリューションEXPO(EDIX)第9回のいくつかの展示内容を紹介してきた。他にもさまざまな用途・分野の展示があり、現場で活躍しそうだと期待できるソリューションも多く興味深かった。
一方で、それらはすべて各用途に応じた「個別最適」のソリューションであり、デジタルの力によって教育現場が変革されていく「全体最適」のイメージは持ちにくいと感じた。
そもそも、デジタルが教育現場を「全体最適」すること自体に、賛否両論があるかもしれない。ただ、少なくとも運用上、個々のソリューションがばらばらに提供されては、学校側は困ってしまうだろう。
また、「IoT」や「つながる」ことのメリットを感じるような展示も少なかった。教育×IoTだと何が考えられるだろうか。生徒ひとり一人の学習状況や個性をデータとして収集し、オープンデータなどとも連携しながらAIが最適なアドバイスや指導方針を導くような教育向けの「デジタルツイン」(リアルの世界をデジタルの世界に写し、未来を予測すること)のようなものはありうるだろうか。
デジタルツインのようなしくみをつくることの是非は別として、まだIT化が十分に進んでいない教育現場では、そのような見通しはまだ難しいというのが現状かもしれない。
ただ、学校側の負担を少なくするためにも、通信やデータ収集のしくみはプラットフォームとして提供され、教師はそれぞれの知識や経験からアプリケーション開発だけに専念できるような方向性が好ましいのではないかと、産業分野の先行事例からは予測することができる。
これら全てのソリューションが採用された教育現場はどのようなものになるのか、
私たちが受けてきた教育のプロセスとはまったく一線を画すものになりそうですね。
次回の更新も楽しみにして頂けますと幸いです!