【no.517】調理ロボットからゲームまで、AIに賭けるソニーの本気

調理ロボットからゲームまで、AIに賭けるソニーの本気

いまから20年以上も前の1997年、当時ソニーのシニアリサーチャーだった北野宏明は、ロボットの競技大会「ロボカップ」の立ち上げに携わっていた。名古屋で開かれた第1回大会には、世界各地からロボットや人工知能AI)の研究者たちが集まり、サッカーのトーナメントで競い合った。

大会初日、対戦する両チームのロボットがピッチの上を動き回りながら、周囲の状況を把握しようとしていたときのこと。試合はいつ始まるのかと、ある報道関係者が聞いてきた。北野は当時を思い出して笑いながら、「その記者に『5分も前に始まってますよ』と言ったんです」と語る。

当時はそんなもので、ロボットが自分の置かれている環境を認識し、次に何をするのか計算するには時間が必要だった。いまではすべてが大きく変わり、自律走行車から監視カメラまで、さまざまなものがAIのおかげで非常に効率的に動くようになっている。

「本気で挑戦するとき」がやってきた

現在はソニーコンピュータサイエンス研究所(CSL)社長兼所長の北野は、昨年11月に設立が発表された新組織「Sony AI」を率いている。ソニーはAIによってカメラやゲームなどが進化するだけでなく、料理のような未参入の分野でもロボットを活躍させることが可能だと考えている。AIは急速に進化しており、ソニーはこのテクノロジーを戦略の中心に据える必要があったのだと、北野は話す。

2月半ばにニューヨークで開かれたアメリカ人工知能学会(AAAI)の国際会議に出席した北野は、「ソニーには優秀なAIの研究者やエンジニアがおり、この分野で何が起きているかを十分に理解しています」と語った。「そして、いまこそ本気で挑戦するときであると決めたのです」

ソニーの動きは、AIの導入を進める大企業のなかでも際立っている。同社はAIの研究や利用という意味ではシリコンヴァレーの巨人たちに大きな後れをとるが、同時にグーグルやフェイスブック、アップルと比べて、コンテンツ制作やエンタテインメント分野に注力する方針を打ち出している。

ソニーは強化学習と呼ばれる手法に集中することで、米国のAI大手に追いつこうとしている。強化学習は大きな可能性を秘めてはいるが、まだ実験的な要素の強い手法だ。グーグルの親会社であるアルファベットやアマゾンも、この分野に巨額を投じてきた。

アルファベット傘下のDeepMindは強化学習を利用したAIによって、2016年に囲碁で世界最強の棋士を倒した。動物の行動を参考に、フィードバックのよし悪しに応じて自身を改良させていくアルゴリズムを含むプログラムが、人間に勝利したのだ。